頭が良い人と悪い人の差

一番分かりやすいのは理解力だと思う
勿論他にも発想力とかも大事だと思うけども

何にしたって内容が難しくなればなるほど
理解力がないと発揮しようが無くなっていくと思う
 
 
例えば数学で例えるならば

1+1は?

と聞かれて答えられない人はあまり居ないと思う
ここで

24+57は?

でもまだついて来れるだろう
これが


45273+77952

となってくるとぱっとは答えが出ないって人が大半だろう
文字として見て計算すれば
それこそ筆算をすれば大抵の人は解ける


でもこれが直球的な計算でなく

(5+3)+(8+3)

みたいな計算だったり
さらに加えて

(16+32)÷(62-54)

みたいにややこしく成ってくると文字に書き起こさないとややこしくて頭の中だけじゃ溶けなく成っていく



人の話を聞いて考える時も同じで
直球で問題点が分かりやすい内容ならついてこれるし意見が言える人も多いけども

内容が複雑に成っていってまずは理解をしなければいけなかったり
理解の前に話の内容が複雑に絡んで少し前に話した話を理解してる前提で話が進み始めたりすると更に着いていけなくなったりする

それこそ議論の場だとクイズ番組みたいに
「それはみなさん、お考え下さい!」
なんて時間も無いわけだし

(16+32)を計算しているのに「そこから更に(62ー54)と解いて貰って」と言われると問題が2つ山積みになる
そこから更に最初の問題をさっきの問題で割って下さい
と畳み掛けられると「何だよー」となる


まぁ、例えなので
実際には数字ほどわかりやすく結果が出る話なんてのは余りなくて

答えの無いことを議論すると(16+32)の時点で止まってしまう人が多いんじゃないかって思う


この時、(16+32)で理解が止まってる人が割り算の段階まで議論が進んでいるときに最初の段階の話を持ち出して話を続けようとすると
話がごちゃごちゃになって(16+32)と(62ー54)と割り算が同じ議論の場に躍り出て
話がおかしな方向に進んだりすることも有る

「違う話が混ざってるよ」って修正できる人が居るなら良いのだけども
それが出来ないと皆が混乱したまま話が混ざって有り得ない結論が出ることも有るんじゃないかと
何故か16÷32の答えは0.5だから答えは0.5ですね!
何て成ったりなんかして


再度言うと
これは計算を例えにしてるから「そんなバカな」って思えるけど
実際には流れる言葉の議論で問題点や考えるべき内容が多くあると不思議な間違った方向に進むことって結構あると思う


こういう時に進行役が居るとありがたいですけどね


何か物事を考えて発想力を発揮するなら
それを理解する能力って大事だと思う

でもそこには明確に臨界点が有るように感じる
僕はその臨界点が低いからより感じるのだと思う

記憶力も関係してるのかな?
それこそ「(5+3)+(8+3)」とか言われても頭だけで考えるならまずは記憶力が必要


人生間違わずに生きるには理解力って大事なんだろうなって思います
理解力がないと「(16+32)÷(62-54)」の答えを「0.5だ!」って勘違いしたまま人生進んじゃって後々後悔するしかなくなったりするわけですよ


理解力の臨界点は人生を豊かに過ごす能力の一つなんだろうなって思います
って話でした